宇宙の99%の物質は、プラズマの状態にあるといわれており、そこでは中性気体には見られない、ダイナミックな現象が起きています。電波は、そのダイナミックな現象を地上から観測する極めて有効な手段です。私たちのグループでは、電波科学的手法を用いて太陽圏で起きているプラズマのダイナミクスを研究しています。大学院での研究は、電波望遠鏡の装置に関わるハードウェアー的なものから観測データを用いたソフトウェアー的なものまで、希望と能力に応じた様々なスタイルが可能です。研究グループの略称SW はSolar Wind (太陽風)の略です。

惑星間空間シンチレーションによる太陽風の観測
  太陽風プラズマは極めて希薄であるために、地上からそれを光学的に観測することも、それからの電波放射を観測することもできません。また、人工衛星や惑星間空間探査機を使った直接観測は、それらが限られた軌道にしか打ち上げられていないために、広大な惑星間空間を吹く太陽風の全貌を捉えることはできません。クェーサー(準星)やパルサーなどの視直径が極めて小さな電波天体からの電波が太陽風プラズマにより散乱され、電波強度が変動する現象があります。この現象は惑星間空間シンチレーション(IPS: Interplanetary Scintillation)とよばれ、夜空に輝く星々が、大気の密度変動により煌めく現象に似ています。この現象を利用すれば、惑星間空間探査機が観測できないような太陽近傍や惑星公転面から高く離れた空間を吹く太陽風も含め観測することができます。また、このような電波天体はたくさんあるので、多くの電波天体のIPS現象を利用すれば、太陽風の三次元的構造を短時間に観測することができます。SW研究室では、このIPSというユニークな観測方法を用いて、欧米の惑星間空間探査機が観測できないような広大な空間を吹く太陽風の研究を行っています。

太陽風加速機構の研究
 銀河で生まれつつある星領域からはジェットが、星々からは星風が宇宙空間に吹き出しています。太陽からも太陽風とよばれるプラズマの風が発生しています。太陽風の観測により、これらの天体現象の一つを、私たちは間近で詳細に研究することができます。太陽コロナの温度は100万度以上の高温で、その熱圧は重力を上回りコロナを惑星間空間へと押し出しています。これが太陽風となり、400-800km/s の超音速で惑星間空間を吹いています。しかし、800 km/sもの超音速の太陽風を生み出すには、熱圧だけのメカニズムでは説明できず、未知の力が働いているといわれています。現在加速領域の諸物理量の観測や、加速機構を明らかにする研究が世界中で精力的に行われています。SW研究室では、IPSで観測された太陽風の情報を基に、太陽磁場や太陽コロナの観測などと組み合わせ、加速機構や太陽風の起源を明らかにしようと研究を進めています。

惑星間空間衝撃波伝播機構の研究
 フレアのような太陽表面爆発現象が発生すると、惑星間空間には、高密度なプラズマが高速で放出され、衝撃波を作りながら惑星間空間を伝搬して地球に押し寄せてきます。これによって地球ではオーロラや磁気嵐など様々な自然現象が発生し、中には社会的に深刻な問題を起こす場合もあります。惑星間空間のプラズマの密度は希薄で、プラズマ粒子同士の衝突はきわめて希で、この中で形成される衝撃波は無衝突衝撃波と呼ばれ、この衝撃波が惑星間空間をどのような構造でどのように伝搬していくのか、そのダイナミックスについてはよく知られておらず宇宙物理学の重要な課題です。SW研究室では、この衝撃波のダイナミックスの解明に取り組んでいます。

太陽圏プラズマ環境の研究と宇宙天気予報
 可視光で見る太陽は、その輝きをほとんど変えず安定していますが、太陽コロナの様子は11年周期の黒点の出現に伴い大きく変動し、その結果惑星間空間を吹く太陽風の三次元構造も大きく変動しています。地球はこの大きく変動する太陽風の中にあり、様々な影響を受けています。地上から太陽風を観測できるIPSの方法は、11年、22年と長期にわたる連続観測が可能で、この特長を活かして太陽活動と共に太陽風の吹き方はどのように変わるのか、その太陽風のつくり出す太陽圏プラズマ環境はどのように変動しているのかを研究することができます。また、衝撃波伝搬の様子を三次元的に瞬時に観測することもIPSを利用すればできます。SW研究室は、この日々変動する地球近傍の太陽風のようすや衝撃波伝搬のようすを研究し、その変動をいち早く予報する研究を、米国の研究グループと共同で始めています。

大型電波望遠鏡を使った惑星間空間シンチレーション観測
 IPSは、極めて微小な天体からの電波が太陽風プラズマにより散乱され、その強度を数 Hz の早い周期で変動させる現象です。したがって、一般の電波天文観測のように信号を長時間積分して感度を高めることはできないため、IPS観測の電波望遠鏡には、大口径の電波望遠鏡が必要になります。このため、本研究所が現有している電波望遠鏡は2000~3500 m2もの大口径を有しています。

国際的なIPS共同観測
 IPSで観測できる惑星間空間の領域は、観測周波数により異なります。SW研究室では、327MHz の周波数でIPS観測を行っていますが、この周波数では、太陽からの距離で20-200太陽半径の距離範囲で太陽風が観測可能です。これまで太陽にもっとも近づいた探査機は太陽から60太陽半径までなので、本研究所の観測装置は探査機の未だ観測したことのない領域を観測できるのです。20太陽半径よりもさらに太陽に近い領域を観測するためには、より高い周波数でIPS観測をする必要があります。このために、英国やインドなどの他の電波天文観測所と共同して、太陽の近傍から地球公転軌道までの広大な領域を研究します。また、米国カリフォルニア大学の研究グループと協力して、我々の観測データを準実時間で転送し、地球周辺の太陽風のようすを予報する宇宙天気の研究も始まっています。
SW

太陽風研究室

徳丸宗利 教授

2000 m2 の受信面積を持つUHF電波望遠鏡

IPSが明らかにした惑星間空間衝撃波構造.

太陽活動と共に変化する太陽風速度三次元構造

木曽観測所一般公開にて

IPSを利用して太陽風の速度を観測するためには、約100 kmの基線長を持つ複数の電波望遠鏡群で時刻同期をしたIPS観測をします。そして、観測点間の現象のわずかな時間差から太陽風の速度を解析します。この目的で、SW研究室は、豊川、富士山麓、長野県菅平、木曾の4ヵ所に電波望遠鏡を有しています。IPS観測は、地上からの太陽風リモートセンシングです。そのために空間分解能はよくなく、観測された速度もバイアスを含んでいました。しかし、SW研究室では、CTの略称で医学分野で広く利用されている計算機トモグラフィー法をIPS観測に応用することに近年成功し、バイアスのない太陽風の詳細な構造が得られるようになりました。

徳丸宗利 教授
Munetoshi Tokumaru, Prof.
岩井一正 准教授
 Kazumasa Iwai, Associate Prof. 藤木謙一 助教
  Ken-ichi Fujiki, Assist Prof.

太陽圏プラズマ物理学